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ブレインロットとは何か?──経営者が知っておくべき「認知的帯域」の話

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大きな窓から緑の森が広がる静かな室内。PHランプの柔らかな光と観葉植物が置かれた、余白のある空間。

あなたの会社の社員は、今日、どれだけ「考える時間」を持てていたでしょうか。

メール、チャット、SNS、ショート動画。次から次へと流れてくる情報に反応し続けるうちに、一日が終わる。やるべきことは片付いたはずなのに、何か大事なことを見落としているような感覚だけが残る。

そんな状態が、いま世界的に「ブレインロット(Brain-rot)」という言葉で語られ始めています。


「ブレインロット」──2024年、世界が選んだ言葉

ブレインロットとは、直訳すると「脳の腐敗」。2024年にオックスフォード大学出版局が「オックスフォード・ワード・オブ・ザ・イヤー」として選んだ言葉です。

インターネット上に溢れる低品質で刺激の強いコンテンツを過剰に摂取することで、思考力や集中力、認知機能が低下していく。そうした状態や傾向を表す言葉として、英語圏で急速に広まりました。

オックスフォード大学出版局はこの言葉を選定するにあたり、こうしたコンテンツ消費のあり方が、人々をより単純な思考へと誘導し、複雑な文脈や多様な解釈を避ける傾向を強めている点を指摘しています。

多くのオンラインコンテンツは、できるだけ多くの人を、できるだけ長く引き留めるように設計されています。人の脳がラクをできるように、考えなくて済むように、そして中毒になりやすいように作られています。

つまりブレインロットとは、誰かが定義を与えた概念というよりも、現代社会の空気そのものを言語化した言葉だと言ったほうが正確でしょう。

参照:Oxford University Press – Brain rot named Oxford Word of the Year 2024


これは若者だけの問題ではない

ブレインロットという言葉は、当初はZ世代やアルファ世代のSNS文化を揶揄する文脈で使われてきました。TikTokのショート動画やミーム文化が槍玉に挙がることが多く、「若者の問題」として片付けられがちです。

しかし、経営者やビジネスパーソンの日常を冷静に見つめてみると、構造は驚くほど似ています。

メール、Slack、LINE、社内チャット。次々と届く通知に反応し、会議と会議の間にスマートフォンをチェックし、移動中もニュースフィードを流し読みする。一日の中で「何も入ってこない時間」がどれだけあるか、数えたことがあるでしょうか。

低品質な動画コンテンツに時間を奪われるのと、ビジネスの情報を処理し続けて脳の帯域を埋め尽くすのと、脳に与える影響は本質的に同じです。

問題の本質は、コンテンツの質ではありません。「脳の帯域が常に埋まっている」という状態そのものにあります。


「認知的帯域」という考え方

私は長年、従業員満足度と組織づくりに取り組む中で、「余白」や「余裕」の大切さについて考え続けてきました。

その中でたどり着いた一つの概念が、「認知的帯域」という考え方です。

人の脳には、同時に処理できる情報量に限りがあります。スケジュールが物理的に空いているかどうかとは別に、思考の帯域──つまり、新しい情報を受け取り、判断し、創造する余地がどれだけ残っているか。これが帯域です。

予定を詰めすぎず、移動時間を短縮しすぎず、心の帯域にも「遊び」を残しておく。そうしておくことで、チャンスも、人も、ひらめきも入ってくる。余裕とは、物理的な時間ではなく、帯域の話なのです。

ブレインロットとは、この帯域が慢性的に埋まり続けている状態だと言い換えることができます。しかも、本人がそれに気づいていないことが大半です。

意識的に自分の脳に適度な負荷をかけ続けなければ、私たちは知らないうちに、自分の人生を自分でコントロールする力を失っていく。その流れは、本人が気づかないうちに、かなり静かに、しかし確実に進みます。


「スケジュールに余白を設ける」だけでは足りない

では、認知的帯域を維持するためには何をすればいいのか。

よく聞かれるのが、「スケジュールに余白を設ける以外に、認知的帯域を維持するための具体的な習慣はありますか?」という質問です。

私が日々意識しているのは、とてもシンプルな二つのことです。

一つは、周囲の人たちとの関係性を、公私ともにていねいに整えること。もう一つは、「想定外は必ず起こるものだ」と最初から織り込んで、日々のスケジュールを組んでおくことです。

人間関係が良好であれば、それだけで心の帯域は広がります。逆に、職場で誰かとの関係がぎくしゃくしているだけで、帯域は大きく消費されます。目に見えないところで、思考の一部がその「気がかり」に割かれ続けるからです。

そして、想定外を想定しておくことで、「自分がコントロールできること」に集中できるようになります。


「想定外を想定する」とは、スケジュールを空けることではない

もう一つ、よく聞かれる質問があります。

「想定外を想定してスケジュールを組む、とは具体的にどういうことですか?」

この問いに対する答えは、多くの方が期待するものとは少し違うかもしれません。

「想定外を想定してスケジュールを組む」とは、物理的な余裕(スケジュールの空き)を確保して、そこに一切の予定を入れないようにすることではありません。

スケジュールをどれだけ詰め込んだとしても、その場その場で新たに飛び込んでくる事案に対し、「そこにはすでに予定が入っているから」と思考停止するのではなく、その場での優先度を判断して、再度スケジュールを組み直す。それが「想定外を想定する」ということです。

サンクコストバイアス──すでに決めた予定だから変えられないという思い込み──に囚われることなく、常にその瞬間の全体最適を判断できる状態を保っておくこと。

当然、そういうやり方には、周りとの信頼関係が不可欠です。自分のスケジュール変更が誰かの予定に影響を及ぼすこともあります。しかし、「全体最適」と「相互メリット」という意識を持って、リスケが相手にとっても長期的に良い結果につながることを伝えるコミュニケーションが取れれば、表向きはスケジュールが埋まっていても何の問題もありません。

これが「心の余裕」であり、「想定外を想定したスケジュールの組み方」なのです。


余白は「つくるもの」ではなく、「削ぎ落とした結果として残るもの」

ここまでの話を踏まえて、もう一段深いところに入ります。

私は「余白」や「余裕」を、何か特別な技術や方法論として捉えているわけではありません。むしろ逆で、余白や余裕は「つくるもの」というよりも、「削ぎ落とした結果として残るもの」だと感じています。

予定を詰めないようにすることでもなければ、仕事量を減らすことでもない。自分の人生から、余計な思考、余計な比較、余計な正当化を、一つひとつ手放していく。その結果として、気づけば帯域が空いている、という感覚です。

たとえば、人の評価を過剰に気にしない。自分がコントロールできない領域に、意識を奪われ続けない。すぐに答えが出ないことを、無理に結論づけようとしない。何でも数値化しようとする人や企業から距離を置く。

そうした「やらなくていいこと」を決めていくほうが、実は余白は生まれやすいのです。

余白がある人というのは、時間が空いている人ではありません。決断が早い人でもありません。自分の人生に、何を持ち込まないかがはっきりしている人です。

だから、予定が詰まっていても帯域は空いている。想定外が起きても慌てない。

余白とは、想定外を想定しておく覚悟の副産物なのだと思います。


これは経営者自身の問題であり、組織の問題でもある

ここまでお読みいただいて、「これは個人の話だ」と感じた方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、組織を預かる立場の方にこそ、この話は重要です。

社員の帯域が常に埋まっている組織では、何が起きるか。目の前の業務は回るかもしれませんが、新しい発想が生まれにくくなります。想定外の事態に対して硬直的な対応しかできなくなります。チーム内のコミュニケーションが「処理」になり、関係性が浅くなっていきます。

そして最も深刻なのは、社員自身がその状態に気づかないことです。「忙しい=充実している」「予定が埋まっている=仕事ができている」という錯覚の中で、帯域は静かに狭まっていきます。

ブレインロットは、SNSの話だけではありません。組織の中にも、同じ構造は存在します。

「考えなくても回る仕組み」は、一見すると効率的に見えます。しかし、考えなくても回る仕組みの中にいる人たちは、いつしか考えること自体をやめていきます。それは、効率化ではなく、組織の認知能力の劣化です。


「良質な負荷」をかけられる組織であるために

ブレインロット的な社会トレンドに抗うために必要なのは、デジタルデトックスでも、スケジュールの空白でもありません。

必要なのは、脳に「良質な負荷」がかかる時間を、日常の中に持ち続けることです。

AIがこれだけ進化し、分かりやすく要点だけを抜き出し、誰にでも同じ答えを返せる時代だからこそ、人の脳に「負荷がかかる時間」の価値は、相対的にどんどん上がっていると感じています。

考えなくても理解できる情報。読まなくても要約できる文章。感じなくても判断できる答え。そうしたものが溢れていくほど、「自分の頭で咀嚼する時間」は、意識しなければ失われていきます。

経営者が自社の組織に対してできることの一つは、社員の帯域を埋め尽くさないこと。そしてもう一つは、社員の脳に適度な負荷がかかる機会──深く考える場、本質的な対話、答えがすぐに出ない問い──を、仕組みとして残しておくことです。

刺激の強さではなく、刺激の「質」。消費される情報ではなく、咀嚼される言葉。

それが、組織の認知的帯域を守り、広げていくための、地味だけれど確かな方法だと考えています。


回り道が、帯域を広げる

最後に、一つだけ付け加えます。

最短、効率、合理性を優先すると、ものごとは分かりやすくなります。同時に、選択肢はどんどん減っていきます。

一方で、回り道や寄り道を許す生き方をしていると、時間はかかりますが、選択肢は増えていく。いざ何かが起きたときに、「別の道」を知っているというのは、想像以上に心強いものです。

私自身、ずいぶん遠回りをしてきました。しかし、その遠回りがなければ出会えなかった人たちがいますし、得られなかった経験も、数え切れないほどあります。

遠回りは、効率が悪いように見えるかもしれません。しかし、人生全体で見たとき、その遠回りがなければ辿り着けなかった場所が、確かに存在する。

もし最近、人生の選択肢が少なくなってきたと感じているなら、あえて最短を外れてみるのも、悪くないかもしれません。

回り道をしてきたからこそ、想定外に慣れ、想定外を受け取れるようになった。寄り道をしてきたからこそ、帯域が少しずつ広がり、以前より多くのことを受け取り、処理できるようになった。

余白とは、覚悟の副産物。そしてその覚悟は、一日で身につくものではなく、日々の選択の積み重ねの中で、少しずつ輪郭を持ってくるものです。

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