渋沢栄一が現代に生きていたら会いに行くべし|経営者の行動論
令和6年(2024年)から市場に流通し始める新紙幣。その新紙幣で1万円札の肖像になるのが、日本資本主義の父と言われた渋沢栄一。

私欲のためではなく国力増強のために、500近い会社を立ち上げた人物として多忙を極めていたであろうことは容易に想像がつくわけですが、渋沢栄一はなんと!

「自分を訪ねてきた人には基本的には全て会うようにした」と言われています。

誰を訪ねるかが、自分の人生を決める

「自分を訪ねてきた人には基本的には全て会うようにした」という渋沢栄一氏。

では、当時どのくらいの人が渋沢栄一を訪ねてきたのでしょうか。その数がどのくらいだったか、当時を知ることのできる資料を見つけることができませんでしたが、おそらくは大勢の人が訪ねてきたわけではないと、私は想像しています。

先日、著名な経営者の方とお会いして、サシでゆっくりと食事しながらお話していたときにこんな質問をしてみました。

「毎日多くの人と会うだけでも大変じゃありませんか?」

そうしたら、意外な答えが返ってきました。

「実はそうでもないんですよ。私は基本的に、誘われたら断らないんですよ。飲みに行こうと言われたら、予定が入っていない限り断ったことは多分一度もないですよ。」とのこと。

各界で著名な方は、きっと忙しいであろうとか、簡単には会ってくれないだろうとか、そう勝手に思われているだけで、実はそうでもないということが今も昔も多いのです。

自分が会いたい人には、たいてい会える

男子学生のあるあるネタですが、学校一の美人の女子は最も競争率が高いかと思いきや、ほとんどの男子が、「どうせあの子は誘っても断られるだろう」とか「美人の子にはイケメン男子がいっぱいアプローチするんだろうから、俺みたいな花がない男は声かけるだけムダ」とか、誘ったり声かけたりする前から、勝手に遠慮してしまっているということがありますよね?

大人になってからの社会でも、これとほとんど同じことが起きています。

私の勝手な想像ですが、日本資本主義の父である渋沢栄一氏が「自分を訪ねてきた人には基本的には全て会う」ことができたのは、物理的に会えるくらいの人しか訪ねてこなかったのではないかと思っています。

ちなみに、私(藤原)程度の人間でも、たまに「お会いするのは難しいですよね?お忙しいですよね?」と言われるのですが、「場所と日時さえ合わせてもらえれば、ぜんぜん大丈夫ですよ。私なんかに会いたいという人、毎日そんなにいらっしゃいませんから。」とお伝えしています。

渋沢栄一の百万分の一くらいの小粒な人間ですが、私もこれからの人生は「自分を訪ねてきた人には基本的には全て会うように」しようと思います。