「あの人は頭が切れるのに、なぜかチームから新しいアイデアが出てこない」——経営者やマネジメント層と話していると、こうした声を驚くほど頻繁に耳にします。優秀な人がいるはずのチームで、議論が広がらず、思考が停滞していく。この不思議な現象の正体を、今日は「知性とは何か」という角度から掘り下げてみたいと思います。
結論から言えば、組織のパフォーマンスを高める鍵は「頭のいい人」を増やすことではありません。むしろ、私たちが「頭がいい」と思い込んできたものの正体を、一度疑ってみる必要があるのです。
「頭が悪い人」というラベルの正体
人は、何が分からないかが分からない状態にある人を、「頭が悪い人」と断じてしまう傾向があります。特に、学校の勉強が得意だった人にこの傾向が強く見られると、私は感じています。
自分が何を分かっていないかを分かっている状態を、ここでは「可視化された無知」と呼びます。意識的にその空白を埋めていく営みにやりがいや達成感を得られる人は、受験勉強に向いている人だと言ってよいでしょう。
一方、何が分からないかが分からない状態、つまり「可視化されていない無知」の中にいる人は、明確なゴールや正解のある学業の世界では成果を上げにくくなります。そして、その成果を上げられない人に「頭が悪い人」というラベルを貼ってしまう——これこそが、現代日本の教育システムが抱える欠陥だと私は考えています。
なぜなら、現代の教育システムには、「可視化されていない無知」に向き合っている人を評価するモノサシが存在しないからです。
学業エリートが陥る「思考停止」という落とし穴
可視化された無知だけに向き合い、徹底した合理化を追求する。目標を設定したら余計なことは考えず、最短距離での達成だけを考えて行動する。これは、受験や資格試験を突破するために欠かせない思考法です。
そして、そこで結果を残した人が、国や企業の仕組みを維持・強化する要職に就いていきます。結果として多くの人は、社会人になっても「可視化された無知に向き合うことこそが唯一解・最適解だ」と、無意識のうちに信じ込まされていくのです。
私はこの状態に対して、現行の社会システムを維持したい人たちによる、民衆の思考停止化施策ではないかと警鐘を鳴らしています。学業エリートたちを社会が手放しで称賛してきた結果、その多くが「思考停止状態」に陥ってしまった——これは決して大げさな話ではありません。
内田樹が指摘する「真の無知」と知的成長
哲学者・内田樹氏は著作『知性について』(光文社)の中で、可視化された無知は真の無知とは別物だという趣旨を述べています。そして、知的成長は「自分が何を知らないかについての知」によって駆動されるとも指摘しています。
受験や資格試験の世界では、自分が何を知らないか(=可視化された無知)を把握していなければ、どこから手をつけていいか分からなくなります。だからこそ、この能力は学業で重宝されます。しかしそれは、地図の上に「未踏の地」として名前が書き込まれた状態にすぎません。どこへ行けばその知識を得られるか分かっているため、それはもはや知性の駆動力にはならないのです。
対して「真の無知」は、地図の外側にあります。自分が何を見落としているのかも分からず、そもそも自分の思考や行動の延長線上に「何か」があることすら想像できない。地図そのものが存在しない領域です。
この、自分のモノサシでは測れない何かが潜んでいるという「予感」こそが駆動力となって、人は知的成長を遂げていきます。真の意味で「頭がいい」とは、地図を効率よく埋める力ではなく、地図の外側へ出ていける力のことなのです。
知識の最大の敵は無知ではない。知っているという錯覚である。
The greatest enemy of knowledge is not ignorance, it is the illusion of knowledge.― Daniel J. Boorstin
頭が切れる人が思考を奪い、「分からない」と言える人が思考を起動する
ここに、私が多くの組織を見てきた中で例外なく当てはまってきた逆説があります。
一見すると頭が切れて弁が立つ人は「頭のいい人」とされます。ところが、そういう人の周りには、積極的に意見を言う人が少なくなっていきます。結果として周囲が思考停止に陥り、新しいアイデアが出なくなる。集団としての知的成長が停滞してしまうのです。
一方、真の無知を自覚している人の周りには、考えることを止めない人たちが集まります。全体で知性が活性化していくのです。なぜなら、知っているという錯覚が人の思考を止めることを、本人が誰よりもよく分かっているから。だから「分からない」を隠さない。むしろ口に出すことで、周りに考える余白を手渡していきます。
真の意味で頭がいい人は、何でも可視化・数値化することを健全に恐れています。可視化や数値化が人の思考を止めること、そしてそこで表現されないものが「無かったこと」にされる危うさを、正しく理解しているからです。
組織のパフォーマンスを高めるために、経営者ができること
チームや組織として集団のパフォーマンスを高めたいなら、増やすべきは「可視化された無知を最短で埋められる人」ではありません。「可視化されていない無知」に向き合える人、答えのない世界に迷い込むことを楽しめる人を増やしていくこと。ここに、組織開発の本質的な鍵があると私は考えています。
人間は知的成長をするからこそ、周囲にも社会にも良い影響を与えていく生き物です。一人ひとりの知的成長なくして、世界も組織も良くなり得ません。
最後に、あなたに問いかけたいことがあります。あなたの周りにいる「頭のいい人」は、周りの思考を奪っていますか。それとも、起動させていますか。
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では、知識やテクノロジーがこれほど進化した現代で、なぜ私たちは相変わらず愚かな選択を繰り返してしまうのか。次回は「知識」と「知性」の決定的な違いから、組織の成長を分ける分水嶺について考えます。

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