藪から棒に変なことをお聞きしますが、「大人と子どもの境目」って、皆さんはどこにあると思いますか?
もちろん、17歳までが子どもで成人年齢である18歳から大人——なんて、簡単な答えを求めているわけではありません。そして、19歳までが子どもでお酒が飲める20歳からが大人——そんな答えを期待しているわけでもありません。
この「大人と子どもの境目」を考えるとき、いくつかの切り口が浮かびます。
大人と子どもの境目
一つ目:社会的な境目——成人年齢で大人になるのか
いわゆる法律上の成人年齢になったときに大人とする考え方ですね。
しかし、成人式に出席している人たちの中に、どう見ても大人には見えないような人が少なからず混ざっていることは、周知の事実です。
二つ目:経済的な境目——自立していれば大人なのか
自分の生活を自分で成り立たせることができる経済力があるかないかで判断するという考え方もあります。
しかしこれも、経済的に自立できるほど稼いでいても、お金の使い方がずさんな人は少なくありません。お金の使い方がだらしなかったり、汚かったりする人を「大人」と呼ぶのは、どうにも違和感があります。
三つ目:欲と責任による境目——欲で動くのは子どもか
子どもは本能的な「欲求」で動き、大人は「責任」で動く。そうした視点で見ると、確かにしっくりくる面もあります。
ただ一方で、大人でも「欲」に素直な部分があるからこそ、かえって人間味が増し、魅力的に見えることもあります。欲求で動くからといって、その人を子どもと断じるのは、やはり少し違う気がしています。
四つ目:感情の境目——好き嫌いを超えられるか
子どもは「好き嫌い」で判断し、大人は「好き嫌い」を超越した部分で判断できる。そう言われることもありますが、この境目も実にあいまいです。
もし「好き嫌い」や「損得」で動くのか、それとも「使命感」や「他者への貢献」で判断できるのか——その軸によって子どもと大人を分けるとするなら、それはもう感情の成熟そのものを問う話になるでしょう。
五つ目:哲学的な境目——子どもは「答え」を求め、大人は「問い」を持ち続ける
私はこの考え方が、もっとも秀逸だと思っています。
しかし、もしここに境目を置いてしまうと、世の中のほとんどの人は「子ども」に分類されてしまいそうです。
なぜ私たちは「答えを探すこと」から卒業できないのか
日本の学校教育では、答えのあることを教えます。そのため、真面目に学生時代を送ってきた人ほど、「答えのある世界での成功体験」を積み重ねてきたことになります。結果として、いくつになっても「答えを探す」という営みから卒業できないままなのです。
けれども、人生にも仕事にも「答え」はありません。問いを自分の脳に投げ続けながら、自分なりの真理を探求すること——それこそが「大人の営み」なのだと思います。
大人と子どもの境目。もうお分かりですね。そう、ここに「答え」はなく、あるのは「問い」だけです。
知性と知能は、まったく別の能力である
田坂広志さんは著書『知性を磨く―「スーパージェネラリスト」の時代』(光文社新書)の中で、「知性」と「知能」を明確に分けています。
【知能とは、「答えの有る問い」に対して、早く正しい答えを見出す能力】
【知性とは、「答えの無い問い」に対して、その問いを、問い続ける能力】
よく似た言葉ですが、向かっている方向がまるで違います。
知性のある人は、答えを急がない
知性のある人との対話が、どうしても抽象的になりがちなのは、彼らが「答えのない問い」を愛しているからです。問いを恐れず、答えを急がない。不確かさや曖昧さの中にこそ、世界の本質を見出そうとする。そこに知性の美しさがあります。
日本社会で「頭が良い」とされるのは、知性ではなく知能の高い人です。
知能は効率や正確さに優れ、社会的には非常に重宝されます。日本社会で「頭が良い」と称される人たちは、ほとんどがこの「知能」を高く持っている人たちです。IQの高さで評価され、正しい答えを誰よりも早く出せることが優秀さの証とされます。
けれど、知能が高い人に対して、私はあまりドキドキしません。
なぜなら、知能は結果を出す力であっても、世界を深く味わう力ではないからです。
知性のある人は、「正解」ではなく「余韻」を残す
知性のある人は、問いを通して世界を感じます。曖昧なものの中に潜む真理を拾い上げ、目に見えない価値を言葉に変えていく。
彼らの会話には「正解」ではなく「余韻」が残ります。その余韻こそが、人の心を動かし、世界を豊かにしていく。
知能がある人は世界を「解く」けれど、知性がある人は世界をどこまでも掘り下げ、そして「味わい」ます。
だから私は、知性のある人と話すとき、幸福を感じるのです。
私も小学生くらいまでは、答えを探すことが楽しかった記憶があります。でも、大人になるにつれて、答えが見つからないことのほうが多いと気づきます。
それでも立ち止まらずに、自分なりの問いを抱きしめながら生きていくこと。それこそが「成熟」という名の、静かな勇気なのかもしれないと気づき始めました。
答えがないからこそ、人は対話し、思考し、成長する。そして、その営みの中でしか、人間はほんとうの意味で「美しくなる」ことはできないのだと思います。
対談:人はいつ大人になるのか?
安田佳生さんとの対談テーマは【人はいつ大人になるのか?】です。大人と子どもの境目について、ちょっと変わった発想をする二人の対談を、お楽しみください。

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