人が採れない、という相談をよく受けます。
求人を出しても応募が来ない。来ても求める人材ではない。ようやく採用しても続かない。だから、また募集する。
この状態にある経営者に、私はいつも同じ質問をします。
「この一年で、何人辞めましたか」
「採用できない」という言い方が、すでに答えを外している
採用について書かれた記事を、私も一通り読んでみました。挙げられている理由は、どこもほとんど同じです。
少子高齢化で労働人口が減っている。中小企業は知名度が低い。大企業に人材が集中している。採用予算が限られている。専任の担当者がいない。
すべて事実です。反論の余地はありません。
ただ、私はこれらを読むたびに、居心地の悪さを感じます。
挙げられている理由が、すべて自社の外側にあるからです。
少子高齢化は自分では変えられません。知名度も、大企業の採用力も、明日どうにかなるものではない。そして、外側に原因を置いた記事の結論は、判で押したように同じところに着地します。だから採用ツールを、だから採用代行を、と。
商売としては、正しい構造だと思います。原因が外にあるなら、外から解決策を買うしかありませんから。
しかし、経営者としてこれを受け取ってしまうと、打つ手が一つもなくなります。
私自身が、他責思考の塊でした
こう書いている私が、かつては誰よりも他責思考の人間でした。
20代の頃も、経営者になってしばらくの間も、うまくいかない理由を自分の外側に探し続けていました。景気が悪い、業界が特殊だ、社員の質が低い、時代が変わった。理由はいくらでも見つかります。探せば必ず見つかるようにできているのです。
そして、理由を見つけた瞬間、思考が止まります。
私は組織崩壊を経験して、ようやくそのことに気づきました。あの時に人が離れていった原因は、労働市場にも、業界構造にも、社員の質にもありませんでした。全部、私の中にありました。
ですので、採用難を外部環境で説明する言説に対して、私は強い抵抗を感じます。それが事実として正しくても、です。正しい説明と、前に進める説明は別のものだというのが、私の立場です。
採用は入口の問題ではなく、出口の問題です
では、内側に原因を置くと何が見えるか。
採用しなければならない状況が、なぜ発生しているのかを考えてみてください。事業拡大による増員なら、それは健全な採用です。しかし多くの場合、そうではありません。誰かが抜けた穴を埋めるための採用です。
つまり、採用難として現れている問題の多くは、離職の問題です。
出口が開いているから、入口を広げ続けなければならない。入口をいくら広げても、出口が開いたままなら水位は上がりません。求人広告の書き方を改善する前に、なぜ人が出ていくのかを見るほうが先です。
さらに厄介なのは、この二つが時間差で現れることです。
優秀な人が辞めても、しばらくは何も起きません。残った誰かが穴を吸収するからです。経営者は「大変だったが何とかなった」と感じ、問題は認識されません。そして数ヶ月後、吸収していた側が限界を迎えた時に、「急に人が足りなくなった」という形で顕在化する。
その時点で募集をかけても、遅いのです。すでに現場は疲弊していて、新しく入った人を育てる余力がない。だから続かない。続かないからまた募集する。
この構造については、別の記事で詳しく書きました。
→ 「優秀な人が辞める本当の理由|『何も起きていない』が一番危ない」
「働きやすさ」を売って採用すると、何が起きるか
ここからは、おそらく多くの採用支援会社と意見が分かれるところです。
近年、求人票や採用サイトで前面に出される言葉が、ほとんど揃ってきました。風通しが良い。残業が少ない。休みが取りやすい。アットホーム。無理をしなくていい。
私は、この方向に強い違和感があります。
それらは働く理由ではなく、働く条件だからです。
条件で人を集めると、条件で人が去ります。もっと休みの多い会社、もっと残業の少ない会社が現れれば、そちらに移る。当然です。条件を理由に来た人に、条件以外で留まることを期待するのは筋が通りません。
そして、ここが一番の問題なのですが、条件を売りにする会社には、条件で選ぶ人しか来なくなります。
働きやすさを否定しているのではありません。整備すべきものです。ただ、それは前提条件であって、訴求点ではない。前提条件を訴求点にした瞬間、その会社は「楽さ」の市場で戦うことになり、資本のある会社に必ず負けます。
飢えと満足は、同居できます
私の会社では、責任ある立場の人間ほど大きな飢えを持っています。強くなることにも、成果を上げることにも貪欲で、それを隠しません。
同時に、成果主義の組織にありがちなギスギスした空気はありません。頑張りたくても頑張れない事情を抱えた仲間が、それでも活躍できる場を維持することを、大切にしています。
この二つは、両立しないと思われがちです。厳しいか優しいか、成長か安心か、どちらかを選べと言われる。
私は、同居できると考えています。というより、同居させることこそが経営者の仕事だと思っています。
なぜこの話を採用の文脈でするかというと、多くの会社が、採用の場面でこのどちらか一方しか語らないからです。
成長を語る会社は、厳しさだけを語る。働きやすさを語る会社は、優しさだけを語る。しかし人が本当に求めているのは、その両方がある場所です。伸びたいし、安心もしたい。矛盾ではありません。人間とはそういうものです。
両方を正直に語れる会社には、両方を求める人が来ます。そういう人は、条件では動きません。
「良い人材が採れない」と言う前に
古い言葉に、腕のない大工は良い木材を台無しにするが、名工は節も曲がりも長所として生かす、という趣旨のものがあります。
採用に苦しむ経営者の話を聞いていると、多くの場合、良い木材を探す話をしています。優秀な人が採れない、うちに来てくれる人材の質が低い、と。
しかし、市場に出回っている木材の質は、どの会社にとっても同じです。違うのは、それを扱う側の腕です。
節がある。曲がっている。真っ直ぐでない。それを欠点と見て弾いていけば、採用できる人はいなくなります。同じ材を、長所として生かせる場所に置ける経営者のもとには、人が集まり、育ち、残ります。
私は長い間、前者でした。個性を抑え込み、画一的に育てようとして、重苦しい空気のチームを作り上げていました。だからこそ、良い木材を台無しにしている経営者が世の中にどれだけ多いか、そしてその自覚がどれだけ持ちにくいかが、よく分かります。
「良い人材が採れない」と言っている限り、名工にはなれません。
採用も、当てにいくと当たらない
弓の世界に、正射必中という言葉があります。正しく射れば、必ず中る。逆ではありません。中てようとして射た矢は、中らないのです。
採用も同じだと思っています。
採用を「当てるゲーム」として運用すると、目先の一人は採れるかもしれません。しかし、そのやり方を続ける限り、射手としての腕は上がらない。翌年も、その翌年も、同じ苦戦を繰り返すことになります。
では、正しく射るとは何か。
人が辞めない組織を作ることです。 そしてそれは、採用施策ではありません。日々の経営そのものです。
一人ひとりが何に喜びを感じ、何に消耗しているかを把握すること。誰がどれだけ組織の穴を吸収してくれているかを知ること。外的報酬だけでなく、内的報酬——成長の実感、仕事の意味、自分が見られているという感覚——を設計すること。
地味です。時間もかかります。今月の欠員には間に合いません。
しかし、これをやっている会社は、数年後に採用で苦労しなくなります。辞めないからです。そして、辞めない会社には、人づてに人が来ます。私の会社もそうです。
それでも、採れない時期はあります
ここまで内側の話をしてきましたが、外部環境が存在しないと言っているわけではありません。
労働人口は現実に減っていますし、地方であれば母数そのものが少ない。業種によっては、構造的に人が集まりにくいものもあります。私自身、それを軽視するつもりはまったくありません。
言いたいのは、外部環境は前提であって、原因ではないということです。
同じ市場環境の中で、人が集まる会社と集まらない会社があります。同じ地域の同じ業種でも、差が出ます。その差を生んでいるものは、外側にはありません。
外部環境を理由にした瞬間、その差を生んでいるものが見えなくなる。それが、私が最も避けたいことです。
辞めた人の数は、すでに手遅れの指標です
冒頭の質問に戻ります。
この一年で、何人辞めたでしょうか。そして、その人たちが辞めた理由を、正確に把握しているでしょうか。
退職面談で聞いた理由ではありません。あれはほとんどの場合、本当の理由ではないからです。円満に去るための、当たり障りのない説明です。
ただ、正直に言えば、この質問だけでは足りません。
辞めた人の数は、すでに起きてしまったことの記録です。数えられるようになった時点で、原因は何ヶ月も前に終わっています。そこから手を打っても、次に辞める人には間に合いません。
見るべきは、今この瞬間に残っている人たちです。
今いるスタッフは、疲弊していないでしょうか。
誰かの抜けた穴を、静かに引き受けている人はいないでしょうか。本来の担当ではない仕事が、いつのまにか特定の一人に集まっていないでしょうか。「大丈夫です」と答えるその人は、本当に大丈夫でしょうか。
そしてもう一つ。
今いるスタッフは、仕事を楽しんでいるでしょうか。
これは、満足しているか、不満がないか、とは違う問いです。不満がない状態と、イキイキしている状態の間には、大きな距離があります。多くの職場は、その距離を埋めないまま「特に問題はない」と判断しています。
仕事を楽しんでいる人がいる会社には、人が集まります。求人媒体を通してではなく、人づてに来ます。そこで働いている人が、外で楽しそうに自分の仕事の話をするからです。それ以上に強い採用広報を、私は知りません。
逆に言えば、今いる人が疲れた顔で働いている会社に、どれだけ求人にお金をかけても意味がない。応募者は、面接の三十分でそれを見抜きます。
数字で把握した気になっていないか
そしてもう一つ、マネジメント側に問いたいことがあります。
一人ひとりが仕事を楽しんでいるかどうかを、日常の中で気にかけているでしょうか。
年に一度や二度のサーベイを実施して、その結果を見て、把握した気になっていないでしょうか。
私はES(従業員満足度)を専門にしている人間ですから、この話は自分の商売に跳ね返ってきます。それでも書きます。
一人ひとりの「心」は、数値化したもので把握できません。
サーベイの数字は、一面の参考にはなります。全体の傾向を掴む、経年で変化を見る、気づいていなかった領域に光を当てる。そういう用途では有効ですし、私自身も使います。
しかし、数字は平均を出します。平均は、一人ひとりの顔を消します。
満足度が七割だったとして、その数字からは、誰がどんな理由で満たされていて、誰が何を諦めているかは分かりません。設問にない不満は、そもそも数字に現れません。そして最も重要なことに、サーベイに正直に答えるかどうかは、その組織への信頼の関数です。信頼のない組織ほど、数字は良く出ます。
数字が悪い会社より、数字が良いのに人が辞めていく会社のほうが、根が深い。
日常の中で、その人の表情が変わった。口数が減った。前なら言っていたことを言わなくなった。そういう変化は、数字が出るずっと前に現れています。それを拾えるのは、年二回の調査票ではなく、日々その人の隣にいる人間だけです。
サーベイは、日常の観察を補うものです。日常の観察を代替するものではありません。順序を逆にした瞬間、その組織は数字を管理し始めて、人を見なくなります。
辞めた人の数を数えるのは、事後の作業です。残っている人の状態を見るのは、事前の作業です。
採用に苦しんでいるなら、求人媒体を変えるより、採用単価を上げるより、まず今いる人たちの顔を見てください。遠回りに見えて、これが一番早い道だと、私は考えています。
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