人を減らした。それでも現場は回っている。だから、もともと人が多すぎたのだ。
この推論を、私はいろいろな組織で見てきました。そして正直に言えば、かつての自分自身も、この推論に何度も足をすくわれてきた人間の一人です。
厄介なのは、この推論が、その瞬間だけを切り取ればまったく反論できない形をしているところです。実際に何も起きていないのですから。問題が起きていない以上、問題はない。そう結論づけたくなる気持ちは、経営をしている人間なら誰にでも分かるはずです。
しかし私は近年、この「何も起きていない」という状態こそが、組織にとって最も危険な状態なのではないかと考えるようになりました。
減らしても何も起きなかった、という「成功体験」
たとえば、ある施設で深夜の警備を3人体制から1人に減らしたとします。半年経っても、何も起きなかった。ならば今後も1人でいい。むしろ、これまでが過剰配置だったのではないか。
この判断が下された瞬間に何が起きているかというと、「削減しても問題は起きない」という成功体験が、組織の中に記録されるということです。
そして、この成功体験は極めて都合よく機能します。人件費を削った責任者は評価される。もし数年後に事故が起きたとしても、その時の決裁者はもういないか、いたとしても因果関係を証明されることはありません。何より、「事故が起きる確率が何%上がったか」は数値化されませんから、誰かに責任を問う仕組みそのものが存在しないのです。
そうすると、その立場にいる人間にどんなインセンティブが働くかは、説明するまでもありませんね。
こうして、縮小均衡のような現場潰しが、合理化という名前で正当化されていきます。
私が組織を見ていて怖いと思うのは、この構造が悪意なしに進むことです。誰も現場を壊そうとはしていない。むしろ全員が、自分の職務に忠実に、合理的に判断している。それでも壊れていく。
抑止力とは「侵略されない」ことではない
なぜこんなことが起きるのか。
私は、「守られている」という状態の性質そのものに理由があると考えています。
抑止力という言葉があります。これは「侵略されない」ことではなく、「侵略を思いとどまらせる」力のことです。この二つは似ているようで、まったく違います。
前者は結果です。後者は、その結果を生んでいる目に見えない力のことです。
そして、後者は事後的にしか証明されません。人が減れば「思いとどまらせる力」はジワジワと低下していきますが、それが低下したことは、実際に何かが起きるまで誰にも分かりません。つまり、証明された時にはもう手遅れだということです。
これは、企業においてもまったく同じ構造で起きています。
たとえば、優秀な人が辞めていかない職場には、辞めない理由が必ずあります。事故が起きない現場には、起きない理由が必ずあります。しかしその理由は、失われるまで可視化されません。
もっと言えば、組織の中でその「理由」を担っているのは、たいてい特定の個人です。優秀な人材ほど、組織や周囲の不足を自分の仕事として吸収してしまう。その吸収力があるから、表面上は何も起きていないように見える。そして経営側は、何も起きていないことを理由に、そこにさらに大きな穴埋めを期待するようになります。
個人依存の文化は、こうして根付いていきます。
国境という、最も極端な事例
この構造が、おそらく世界で最も純度の高い形で現れているのが、国防の現場です。
日本は島国ですから、国境というのは隣国に近い「離島」ということになります。その国境離島に、自分の仕事に対するモチベーションの高い人材がどれだけ配置されているかは、本来きわめて重要なことのはずです。
しかし今、自衛隊や海上保安庁では、離職・採用難・人手不足という問題が深刻化しています。
にもかかわらず、まだ「国境の島々が他国から侵略されていない」という現状があります。すると何が起きるか。
「この程度の人数でも守れているじゃないか」 「今までが過剰配置だったんじゃないの?」 「もっと省人化できるんじゃないか」
こうしたマインドが、政府にも国民にも醸成されていきます。私は、これこそが日本の国防における最大のリスクだと考えています。
尖閣諸島周辺の領海への中国海警局の艦船の進入はありますが、「まだ実際の戦闘・占拠には至っていない」ことから、そのニュースを聞いても、キャスターもジャーナリストも、私たち国民も、本気で危機意識を持つことはありません。表面的な現象として「見かけ上、問題が起きていない」から、「とりわけ緊急性のある問題ではない」ように感じてしまう。
先ほどの警備3人を1人に減らす話と、構造はまったく同じです。違うのは、失敗した時に失われるものの大きさだけです。
ESの問題として見ると、何が見えるか
ここからが、組織開発を長くやってきた人間としての、私の本題です。
国防の担い手が足りないという問題を、私は「人手不足」の問題としては見ていません。ESの問題として見ています。
なぜ人が辞めるのか。なぜ集まらないのか。それは、この仕事が「割に合わない」と感じられているからです。
国のために行う任務は、時には文字通り命をかけねばならないこともあります。しかし、それに見合うような外的報酬(給与や待遇)の仕組みは、十分とは言えません。そして私がより大きな問題だと考えているのは、内的報酬のほうです。
実は、この点については推測で語る必要がありません。データがあります。
防衛省は2023年度から民間企業を活用して、退職した自衛官への聞き取りや現役自衛官へのアンケート調査を実施しています。その結果として、退職した自衛官や退職を考えたことがある自衛官においては、自己の成長感や達成感、職場の人間関係の面での不満が高いこと、自衛官全体では給与・労働時間・職場環境への不満が高い傾向が見られたことが、国会で答弁されています。
また、ミリタリー・カルチャー研究会が2,000人を超える自衛隊退職者を対象に行った意識調査(『元自衛隊員は自衛隊をどうみているか』青弓社、2024年)では、中途退職を生む原因として「自衛隊に対する社会的理解が不足している」「組織文化・組織風土に問題がある」といった項目が挙がっています。
成長感。達成感。人間関係。組織風土。社会的理解の不足。
これらはすべて、内的報酬の話です。給与や労働時間といった外的報酬の問題も当然ありますが、それだけではないということが、公的な調査ではっきりと示されている。
つまり、データはあるのです。ないのは、そのデータを組織開発の問題として読み解こうとする視点のほうです。
私はこれを見た時に、悔しいと思いました。
国のために命を懸ける仕事が、なぜ「割に合わない」と言われなければならないのか。誰かが担ってくれている前提のうえで私たちの日常が成立しているということに、なぜこんなにも無関心でいられるのか。
安全も、医療や教育と同じ「公共財」です。社会保障費や教育費への税金投入には一定の理解があるのに、国防費となると拒否感が強くなる。安全はタダだと思っている、という国民感覚が、この国には根強くあります。
私域の境目は、誰にでもある
ここで、少し話を大きくします。
私は昨年、シドニーに短期滞在しました。そして、英国が1788年にシドニーに上陸してオーストラリア全土を蹂躙し、町並みも言葉も人種もアイデンティティも、すべてを英国調に塗り替えたという歴史を学びました。
それ以来、国家とはなにか、国境とはなにかということを考え続けています。

人類は30万年近く、国家も国境もない世界で生きてきました。今のような枠組みができたのは、人類史から見ればつい最近のことです。この景色のどこにも、線は引かれていません。
私たち人間は、どこかの場所に存在しています。それは今も昔も変わりません。その存在している場所を「所有する」という考え方を持ち始めたところから、国家の源流が始まったのではないか。そんな仮説を持つようになりました。「その場所を”自分たちのもの”だと思うようになった瞬間」が、共同体が特定の領域に対して排他的な支配を正当化しようとする意志の芽生えになった、という見方です。
そう考えると、国境という概念は、決して遠い話ではなくなります。
私たちは自分の居住空間を私有または私域と考え、それを侵されないように玄関のドアに鍵をかけます。賃貸で借りている人でも同じです。誰かが勝手にあなたの冷蔵庫を開けて中身を物色しはじめたら、嫌悪感どころか本能的な警戒心が走るはずです。
そして、その私域に侵入しようとする人の存在を認識したら、誰もが対策を講じます。鍵を増やす。防犯設備を入れる。警備会社と契約する。
これは、国防と本質的には同じことです。私域の境目とは、国レベルで言えば国境のことだからです。
国や国境という概念をなくせば国境警備は不要になる、という理屈は、自分が存在している空間の私域という概念をなくせば玄関の鍵も防犯対策も警備会社との契約もすべて不要になる、という理屈と同じです。理屈としては成立しますが、現実には成立しません。
人間という生き物は、境目の警備をなくして平和を保てるほど、倫理的に成熟していないからです。そしておそらく、この先どれだけ崇高な倫理教育を行っていったとしても、その成熟度が劇的に高まることはないでしょう。
私域を持つ限り、その境目を守る誰かが必要になる。これは、国にも会社にも、個人にも共通しています。
誰も知らない。誰も気にしていない。
国民の99%が、国境を守っている人たちの存在やその努力を知らなくても、毎日を楽しく生きていられる。私は、その状態こそが幸せなのだと思っています。これは皮肉ではなく、本音です。
ただ、当事者意識を持つことができる1%の人間が、自分にできることで「微力ではあっても無力ではない」と信じて行動すれば、残りの人たちは平和な環境の中で幸せに生きていける。そう思うようになりました。
国防に関心を持つことは、勇ましいことでも、右寄りなことでもありません。ただ、静かに感謝し、静かに守る人々の存在に目を向ける。それだけで、社会はほんの少し健全になる気がしています。
そして、これはあなたの会社でも起きていることです。
今日も何も起きなかった職場には、何も起きないようにしている誰かがいます。その誰かは、たいてい数字には現れません。評価にも現れません。何も起きていないからです。
その人が辞めた時に、初めてその存在が証明される。
そうなる前に気づけるかどうかが、組織を預かる人間の仕事なのだと、私は思っています。
あなたの組織には、「何も起きていない」を支えている人が、いませんか。
この記事について
私は毎日、組織と人について考えたことをメールマガジンに書いています。18年、6,500号を超えて続けているものです。答えの出ない問いを、答えが出ないまま書き続けている場所です。よろしければ、以下からどうぞ。
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