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人手不足倒産の本質は「採れない」ではなく「辞める」にある

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重厚な木製パネルの会議室に革張りの椅子が並んでいるが、誰も座っていない。バンカーズランプの緑の光だけが灯る静かな空間。

人手不足倒産が止まりません。

東京商工リサーチの調査によると、2025年度(4月〜3月)の人手不足関連倒産は442件。過去最多を大幅に更新しました。

多くのメディアがこの数字を報じ、「採用難」「賃上げ」「ITツールの導入」といった対策を並べています。しかし、28年にわたって組織づくりと従業員満足度に向き合ってきた立場から見ると、この問題の核心は別のところにあると感じています。

この記事では、人手不足倒産のデータを丁寧に読み解いた上で、多くの記事が触れていない「なぜ人は辞めるのか」という構造的な問題に踏み込みます。


人手不足倒産の現状──数字が示している事実

まず、データを正確に押さえます。

東京商工リサーチが2026年4月に発表した調査では、2025年度の人手不足関連倒産442件の内訳は以下の通りです。

  • 人件費高騰:195件(前年度比77.2%増)
  • 求人難:139件(同13.9%増)
  • 従業員退職:108件(同40.2%増)

また、暦年(2025年1月〜12月)のデータでは、人手不足倒産は397件(前年比35.9%増)で、こちらも過去最多を記録しています。暦年ベースの従業員退職型は110件(同54.9%増)と、前年の1.5倍に急増しました。

注目すべきは、資本金1千万円未満の小・零細企業が全体の63.2%を占めていること。産業別では、サービス業が170件(前年度比73.4%増)と突出し、建設業93件、運輸業70件と、労働集約型の産業で深刻さが際立っています。

飲食業は64件で前年度比178.2%増、医療・福祉事業は53件で同76.6%増と、人と人との関わりで成り立つ業界ほど大きな打撃を受けていることが分かります。


「採れない」のではなく、「辞めていく」

多くの記事がこの問題を「採用難」として扱います。求人を出しても応募がない。採用コストが上がっている。だから採用手法を見直しましょう、採用媒体を増やしましょう、と。

しかし、データをもう一度よく見てください。

「求人難」は139件。一方、「従業員退職」は108件で、前年度比40.2%増です。暦年では110件、前年比54.9%増。つまり、最も急速に増えているのは「いた人が辞めていく」ことによる倒産なのです。

採用ができないことも深刻です。しかし、すでにいる社員が辞めていくという事態は、それとは質の異なる問題を孕んでいます。

なぜなら、社員が辞めるということは、その会社の内部に、人を留められない構造があるということだからです。

採用の問題は、外に向けた施策でカバーできる余地があります。しかし、退職の問題は、組織の内側を見なければ解決しません。


賃上げだけでは人は残らない

東京商工リサーチは、この状況を「賃上げ疲れ」という言葉で表現しています。

大手企業の賃上げに中小企業が追随せざるを得ず、賃上げ原資を確保できない企業では人材流出が加速している。2025年の春闘では賃上げ率が5.25%に達しましたが、それは中小企業にとって「追いかけなければならない目標」であると同時に、「追いかけるほど体力を削られる負担」でもありました。

賃上げできない企業は人が流出し、無理に賃上げした企業は資金繰りが悪化する。 どちらに転んでも経営を圧迫する構造が出来上がっています。

しかし、ここで一つ問いたいことがあります。

本当に、賃上げすれば人は残るのでしょうか。

もちろん、適正な報酬は必要です。市場水準を大きく下回る賃金では、人が離れるのは当然です。しかし、賃金だけで勝負しようとすれば、中小企業は常に大手の後塵を拝することになります。その競争に乗ること自体が、中小企業にとってはリスクなのです。

では、賃金以外で人が「この会社にいたい」と思う理由は何か。

ここに、従業員満足度の本質があります。


人が辞める本当の理由──「いても意味がない」という静かな離脱

私は長年、さまざまな組織を見てきました。その中で、退職の背景に繰り返し現れるパターンがあります。

「給料が低いから辞めます」と言う社員の多くは、本当は給料だけが理由ではありません。もちろん、それがきっかけにはなります。しかし、根底にあるのはもっと静かな、しかし深い感覚です。

「自分がいてもいなくても変わらない」
「何のためにこの仕事をしているのか分からなくなった」
「経営者が何を考えているのか見えない」

この「静かな離脱」は、退職届が出る前に始まっています。表面上は普通に働いているように見える。業務はこなしている。しかし、心はもうそこにない。

この状態の社員が増えていくと、組織の中に不思議な空洞が生まれます。人はいるのに、活力がない。仕事は回っているのに、何かが欠けている。

そして、誰かが辞めたことをきっかけに、堰を切ったように退職が続く。組織が壊れるとき、アラートは鳴りません。静かに、確実に、内側から崩れていきます。


外的報酬と内的報酬──中小企業にこそある武器

人がやりがいを感じる報酬には、大きく分けて二つの種類があります。

一つは「外的報酬」。給与、賞与、昇進、肩書き、福利厚生。数字やポジションで測れるものです。

もう一つは「内的報酬」。仕事そのものから得られる充実感、成長実感、自分の存在が組織にとって意味を持っているという感覚、経営者やチームとの信頼関係。数字では測れないが、日々の実感として確かに存在するものです。

大企業は外的報酬で中小企業に勝てます。賃金水準、福利厚生、ブランド力。これらの領域で大企業と正面から競争するのは、中小企業にとって不利な戦いです。

しかし、内的報酬の領域では、中小企業のほうが圧倒的に有利です。

経営者と社員の距離が近い。一人ひとりの仕事が組織全体に与える影響が見えやすい。意思決定に関わる機会がある。自分の声が届く実感がある。

これらは、大企業では構造的に得にくいものです。そして、これらこそが、人が「この会社にいたい」と思う本質的な理由になり得るのです。

問題は、多くの中小企業の経営者が、この武器を持っていることに気づいていない、あるいは気づいていても活かし方を知らないことです。


「やり方」の前に「在り方」がある

人手不足に対して、多くの記事が「やり方」を提示しています。採用手法、求人媒体、福利厚生の充実、DXによる省力化。

それらが無意味だとは言いません。しかし、「やり方」だけでは根本的な解決にはなりません。

なぜなら、人が辞めるのは仕組みの問題ではなく、関係性の問題だからです。

経営者が社員をどう見ているか。社員の声に耳を傾けているか。組織の中に、一人ひとりの存在が認められる構造があるか。経営者自身が、自分の在り方を問い続けているか。

在り方が先にあって、やり方は後からついてくる。

これは私が長年、組織づくりの現場で繰り返し目にしてきた真実です。

「やり方」を変えても人が辞め続ける組織は、たいてい「在り方」が変わっていません。逆に、特別な施策を打っていなくても人が残る組織には、経営者の在り方に一貫性があります。


構造を変えなければ、人は静かに去っていく

人手不足倒産のデータは、単なる経済指標ではありません。

あの442件の一つひとつに、人が辞めていった組織があり、組織を維持できなくなった経営者がいます。そして、辞めた社員の側にも、「辞めざるを得なかった」理由があります。

この問題は、採用手法の改善や、賃上げの努力だけでは解決しません。

社員が「この会社にいたい」と思える組織をつくること。そのためには、経営者自身が組織の構造──人と人との関係性、コミュニケーションの質、一人ひとりの存在が持つ意味──に目を向ける必要があります。

構造を変えない限り、人は静かに去っていきます。 そして、去っていく前にアラートが鳴ることは、ほとんどありません。

数字で測れる施策に目が向きがちな時代だからこそ、数字では測れない部分──社員との関係性、経営者の在り方、組織に流れる空気──に目を向けることが、人手不足という構造問題に対する、最も本質的な処方箋だと考えています。


◆参照

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