クリニックの院長先生から「組織診断をしてほしい」というご相談をいただくとき、その多くに共通する期待があります。
それは、「数値化してほしい」「見える化してほしい」という要望です。
エンゲージメントスコア、満足度指数、離職リスクの数値……。曖昧模糊としたスタッフの気持ちや組織の空気を、なんとか客観的な数字として手元に置きたい。その気持ちは、とてもよくわかります。目に見えないものに向き合い続けるのは、経営者にとって想像以上に消耗する作業だからです。
しかし、ここに大きな落とし穴があります。
組織診断で「数値化」すればわかった気になっていないか
エンゲージメントサーベイや満足度調査そのものを、私は否定しません。むしろ、現状を把握するための一つの手段として、有効に機能する場面は数多くあります。
問題は、その先です。
数値化し、見える化した瞬間に「わかった」と思い込んでしまう経営者を、私はこれまで数えきれないほど見てきました。スコアが出る。グラフになる。ランキングが可視化される。そうすると、まるで組織の実態を完全に把握したかのような感覚に陥ります。
けれど、数値というのは、あくまで「ある切り口から見た、ある瞬間の断面」でしかありません。スタッフ一人ひとりが抱えている葛藤、院内の力関係、言葉にならない違和感——そうした本質的な部分は、数値の背後にひっそりと存在し続けています。数値を見て「わかった気になる」ことは、実はその本質から目を逸らす行為でもあるのです。
エンゲージメントスコアを上げることが目的化する組織の危険性
さらに危険なのは、次の段階です。
一度スコアという指標を手にすると、多くの組織で「そのスコアを上げること」自体が目的にすり替わっていきます。エンゲージメントスコアが70点だったから、来年は75点を目指そう。満足度調査で低かった項目に対策を打とう。
一見、合理的な経営判断に見えます。しかし、ここで私たちが本当に問うべきは「なぜこの数値が低かったのか」という、もっと奥にある問いのはずです。表面的なスコアの上下に一喜一憂し、対症療法的に施策を打ち続ける組織を、私は少なからず見てきました。数字は上がっても、現場の空気は変わらない。むしろスタッフは「またアンケートに答えさせられて、それが評価に使われるのか」と、余計に不信感を募らせることさえあります。
これは、弓道でいう「正射必中」——正しく射ることに徹すれば、結果としておのずと的に中る——とは真逆の姿勢です。的(スコア)を中てることばかりに気を取られ、射(組織の在り方そのもの)が疎かになっている。的中を焦るあまり、姿勢そのものが崩れているのです。
組織診断ツールは本当に必須なのか|ポジショントークに注意
世の中には、組織診断やエンゲージメントサーベイと名のつくサービスやツールが数多く存在します。そして、それらを紹介する記事や広告には、「導入すれば組織が劇的に改善する」かのような言説が並んでいます。
しかし、その多くは、そうした商品やサービスを売りたい企業によるポジショントークであることを、私たちは冷静に理解しておく必要があります。診断ツールを提供する企業が「診断は必須だ」「サーベイなしに組織改善はできない」と語ることには、当然ビジネス上の動機があります。それ自体を責めるつもりはありませんが、経営者側がその言説をそのまま鵜呑みにしてしまうと、本来向き合うべきものを見失いかねません。
組織診断やサーベイは、あくまで数ある手段の一つであり、必須のものではありません。
念のため申し添えると、こうした調査そのものを無意味だと言いたいわけではありません。
厚生労働省の「令和元年版 労働経済の分析」では、ワーク・エンゲイジメントのスコアと企業の労働生産性の間に統計的に有意な正の相関が確認されており、スコアが高い企業ほど生産性が向上する可能性が示唆されています(出典:厚生労働省「令和元年版 労働経済の分析」)。
データそのものには意味があります。問題は、そのデータをどう扱うか、という私たちの姿勢の側にあるのです。
私が組織を診るときは、スコアの数字よりも、面談の最中に不意に訪れる沈黙や、退職理由には決して書かれなかった本音、休憩室での会話の温度、そういうものを見ています。数字には表れない、しかし確かにそこにある空気のようなものです。
これは、突き詰めれば「やり方」より「在り方」を見ている、ということです。エンゲージメントスコアを上げる施策を考えるのは「やり方」の話です。しかし、なぜスタッフが沈黙するのか、なぜ本音を退職理由に書けなかったのか——その根っこには、必ず組織の「在り方」、つまり院長先生ご自身のリーダーとしての姿勢や、日々の言動の積み重ねがあります。やり方をいくら磨いても、在り方が変わらなければ、組織は変わりません。
クリニックの組織診断で本当に見るべきものとは
私が組織を診るときにもっとも大切にしているのは、数値の裏側にある「なぜ」に、時間をかけて向き合うことです。
なぜこの部署だけスコアが低いのか。なぜベテランスタッフほど本音を語らないのか。なぜ院長先生の意図が現場に伝わっていないのか。これらの問いに答えを出すのは、アンケートフォームではなく、対話です。数字はきっかけに過ぎず、そこから先にある「本質」を知ろうとする姿勢そのものが、本当の意味での組織診断だと私は考えています。
多くの組織診断が、「やり方」を整える施策の提案で止まってしまいます。しかし本当に向き合うべきは、その手前にある「在り方」の問題です。院長先生ご自身のリーダーとしての在り方が変わらない限り、どれだけ精緻な施策を打っても、組織は同じ場所に留まり続けます。
私たち従業員満足度研究所株式会社は、「やり方」を商品化して売ることはありません。私たちが提供しているのは、問題や課題を短期的・表層的に改善するための処方箋ではないため、「すぐに結果が出るもの」ではありません。正直に申し上げれば、即効性を求める方にとっては、遠回りに見えるかもしれません。
それでも私たちは、根本的に組織を良くしたいと本気で願う方とだけ、つながっていきたいと考えています。
まとめ|組織診断は入口であって出口ではない
数値化・見える化は、組織診断の「入口」であって「出口」ではありません。
もし今、貴院で組織診断やエンゲージメントサーベイを検討されているなら、ぜひ一度立ち止まって問うてみてください。「このスコアで、私たちは何を知ろうとしているのか」と。数字の向こうにある本質にどこまで踏み込めるかが、組織診断の本当の価値を決めるのだと、私は考えています。
組織診断は、それ自体がゴールではなく、本質的な組織開発への入口に過ぎません。
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