50歳を過ぎた頃から、同世代の友人たちの間で、「いかにして幸せなリタイアをして、晩年を楽しく過ごすか」という話題を耳にすることが増えてきた。
欧米のビジネス観や人生観をモデルにして仕事に取り組んできた人にとっては、一定の成功を収め、早期リタイアを実現することこそが、人生の勝ち組なのだと考える人も少なくない。
だが私は、「みんなが楽しく働けて、みんなが輝ける組織をつくる」という信念を持ち、従業員満足度と向き合い続けてきた過程で、そうした欧米型の“人生成功モデル”に、次第に違和感を覚えるようになった。
人生100年時代。もし私が100歳まで生きることを許されるなら、あと50年ほどの時間がある。50年もの時間があれば、まだまだ多くのことができる。
同世代の仲間たちが早期リタイアを目指したとしても、私は人生を閉じるその瞬間まで、働き続けていたいと思っている。
私や、私が関わる企業が提供する商品やサービスを、必要としてくれる人に対して、全身全霊で仕事をし続けたい。
それは、人生をすり減らすためではない。人生を深め、人間として成長し続けるための営みとして、そして世界中の労働を美と一致させるために、自らがその実践者として働き続けたいという選択だ。
そして最近、もう一つ、はっきりと言葉にしておきたい違和感がある。
働くことは、いつからこれほどまでに、「頑張れるかどうか」「成果が出せるかどうか」だけで測られるものになってしまったのだろうか、という違和感だ。
働きたくない日がある。前に進めない日がある。意味が分からなくなる瞬間がある。そうした時間をすべて、「克服すべき弱さ」や「乗り越えるべき壁」として扱ってきた結果、働くことそのものが、どこかで歪んでしまったのではないかと感じている。
私自身の経験を振り返ってみても、人生を深くしてくれた仕事の多くは、いつも前向きで、頑張れていた時間ではなかった。迷い、立ち止まり、意味が分からなくなりながらも、それでも考え続けた時間。その中で、人や仕事との関係が、少しずつ編み直されていった。
働くことは、常に成果を出し続ける行為ではない。祈るように向き合う時間であり、誰かから受け取ったものを、次へと手渡していく営みでもある。そうした時間を含めて、働くという行為なのではないか。いまの私は、そう感じている。
生涯現役とは、ずっと同じ場所に立ち続けることではない。肩書きや役割に、しがみつくことでもない。問いを手放さず、学ぶ姿勢を失わず、誰かと関わり続けること。働くことが、人生を消費する行為ではなく、人生を深める営みであり続けるように。
その選択を、私はこれからも、何度でも、選び直していくつもりだ。
次のページへ
プロフィール あとがき当社の「従業員」の定義
当社では「従業員」を“理念やクレドに従う全スタッフ”と定義しています。
つまり一般的な社員だけでなく、アルバイトさん、パートさん、
そして経営トップや役員も従業員の一人であり、そこに優劣はありません。
一般的には、経営者に「従う」という意味で従業員という言葉が使われていますが、
当社では理念やクレドに「従う」という意味で、
経営トップも含めて関係者全員を従業員と定義しているのです。
手軽に学び始めたいという方はこちら
日本で唯一の
ESに特化したメルマガ
2008年の創刊以来、毎日配信し続け6230号。
採用や組織作りを中心とした現役経営者の思考を学べる
1ヶ月間無料の日刊の会員制メールマガジンです。
サービスについてご質問などがございましたら、こちらからお問い合わせください。
お問い合わせはこちら
