自分たちの成功する未来だけは信じて疑わなかったものの、創業直後に潜り込んだ真っ暗なトンネルには、一向に出口が見える気配はなかった。
自分たちが靴の底をすり減らして行脚しなければ、在庫の山は全く小さくなる様子はない。在庫を現金に変えなければ、自分たちや自分の家族を食わせられないだけでなく、夢が詰まったこの事業も閉じなければならない。絶対に、このトンネルの出口の光を見つけてみせる。
まずは近隣で、お客様になってくれそうな企業を飛び込みで訪問し続けた。8割は門前払いされたが、2割の企業担当者は話を聞いてくれた。その半分くらいの企業が取引を始めてくれ、少しずつ注文をいただけるようになった。しかし、そんな程度の売上では焼け石に水だ。
諦めなければ必ず道は開ける。そう信じ、歯を食いしばって飛び込み営業を続けたが、訪問先では邪険に扱われることも少なくなかった。
「今ちょっと忙しいから、後でまた来てくれるか?」そんな言葉を真に受けて、一時間後に再訪問した企業では、
「なんだまた来たのか?君は随分と暇なんだなあ。駅前でパチンコでも打って時間つぶしてたのか?断られたのも分からないなんてめでたいやつだ。ハッハッハ!」と、言われたときには悔しくて涙が出そうになったが、ビジネスの世界では強くならなければ苦汁を飲まされるものだという現実を、ただ受け止めるしかなかった。
しかし、そんな経験をしても経営戦略を立てるという発想には至らず、なんとなく「ここはいいかも?」と思う企業を片っ端から訪問していったため、当然効率も悪く、売上収入に対して支出される営業経費が見合わず、営業活動を行う原資すら枯渇寸前という現実に直面した。
「ガソリン代をもっと節約できないのか?」
「出張費用がかかりじゃないか?」
「今月はもう営業活動をするお金がない」
「電話だけで注文をもらえるように工夫するんだ」
お金がないから営業ができない。営業をしないからお金を稼げない。ホームページやEメールも一般にはまだない時代だ。もしかしたら出口のないトンネルに迷い込んでしまったのかも知れないと、暗澹(あんたん)たる思いに心が潰されそうになった。
そんなことを毎日繰り返しながら試行錯誤を繰り返していったところ、少しずつ在庫が現金に換わり始めた。
また、いくつかの取引先の経営者から可愛がっていただけるようにもなり、酒の席にも誘われるようになった。アルコールに弱い私は、ビールグラス一杯でも顔が真っ赤になる。そんな私にとっての酒の席は、決して楽しいものではなかった。それでも、力のある経営者の方と仲良くなり、多くの仕事をいただけるようになるためにも、ここが踏ん張りどきだと腹を括った。
ビール二杯飲んだだけで頭が割れるように痛くなり、吐き気もする。仕事の為とはいえ、酒席がこのようにハードなものだとは知らなかった。
しかし、お酒を飲んでどんなに体調が悪くなっても、相手に楽しんでいただいて、仕事につなげることだけは忘れないように自分に言い聞かせた。そして、どんなに酔っていても飲食の支払いがルーズであってはならないと強く自分を律した。
私を酒の席に誘ってくれる経営者の多くは、年齢も一回り以上年上の先輩だ。親以上の年齢の方も珍しくない。そんな方々と酒を酌み交わした。諸先輩方は、楽しくなると朝まで帰してくれない。外が明るくなろうとグラスを離そうとしない。飲めない酒を飲み、割れるように痛む頭を抱えながら、偉大な経営者の方々の飲み方と生き様から、多くを学んだ。いや学ばせていただいた。
学びにはカネがかかる。料亭や旅館、お茶屋やクラブなどにどれだけ多額のお金がかかったのだろうか。それぞれの世界で重鎮と呼ばれる人たちが、私が経験したことのない世界に案内してくれた。
そしてどの経営者も、私に一切財布の紐を開かせてはくれなかった。
「今日こそ払わせてください!お金ならちゃんと持ってきています。」
「この店は藤原くんが払えるような安い店じゃないよ。いつか藤原くんが成功したら、後輩にご馳走してあげるといい。」
涙がこぼれた。お金を出させてもらえないのなら、仕事で必ずお返ししようと誓った。私は、当時自分がお金に困っていることを一切口にすることはなかったが、先輩経営者にはどうやらお見通しだったようだ。
お酒の飲めない私にとっては決して楽な日々ではなかったが、酒席への参加数に比例するようにして多くの仕事も舞い込むようになった。どんどん人間関係が繋がり、多くの会社の経営者が、喜んで私を飲みに連れて行ってくれるようになった。
大人の女性が接客してくれる会員制の高級クラブや、舞妓さんとお座敷遊びをする京都のお茶屋さんという世界に初めて足を踏み入れたのもこの頃。
酒の飲み方。接待の仕方。営業の仕方。お金の使い方。気持ちのいい奢られ方。そして仕事へのつなげ方。酒の席では、あまりに多くのことを学んだ。学校では教えてくれないことばかりである。
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08 地方行脚〜 祖母の自宅に転がり込む 〜当社の「従業員」の定義
当社では「従業員」を“理念やクレドに従う全スタッフ”と定義しています。
つまり一般的な社員だけでなく、アルバイトさん、パートさん、
そして経営トップや役員も従業員の一人であり、そこに優劣はありません。
一般的には、経営者に「従う」という意味で従業員という言葉が使われていますが、
当社では理念やクレドに「従う」という意味で、
経営トップも含めて関係者全員を従業員と定義しているのです。
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