1997年(平成9年)、最初の事業を立ち上げた年に第一子が生まれた。その二年後に第二子、さらに二年後に第三子が誕生し、私の事業の草創期は、三人の子どもたちの子育てと完全に重なっている。
今振り返れば、経営者としても、父親としても、未熟極まりない時代だった。仕事に追われ、心に余裕がなく、感情的になってしまったこともある。弱い立場にある子どもに対して、威圧的な態度を取ってしまったことも、一度や二度ではない。
それでも一つだけ、意識してきたことがある。「自分の未熟さを、正当化しない」ということだ。感情的になったときは、その事実を認め、改める努力だけは怠らなかった。
子どもたちに、何かを教え込もうとはしなかった。親の価値観を押し付けたり、やらせたいことを強要したりすることは、できるだけ避けてきた。代わりに心がけていたのは、子どもたちが何に興味を持ち、何に心を動かされているのかを、邪魔しないことだった。
そして、言葉で教えるよりも、生き方を見せることに重きを置いた。
仕事を楽しむ姿勢。
お客様に感謝し、価値提供に本気で向き合う姿勢。
成果が出ないときにも、投げ出さずに考え続ける姿勢。
そうしたものを、日々の生活の中で、淡々と見せ続ける。それが、親としてできる、唯一の教育だと思っていた。
学業成績についても、強い関心を持たなかった。勉強が好きなら、思う存分やればいい。嫌々やるくらいなら、無理にやる必要はない。学歴が、人生の幸福や社会での価値を保証してくれるものではないことを、私は自分自身の経験から知っていた。
その代わり、繰り返し伝えてきたことがある。
自分がやりたいと思ったことを、自分で選ぶこと。
選んだ以上は、自分の責任でやり切ること。
結果がどうであれ、他人のせいにしないこと。
これは、子育てにおいても、組織づくりにおいても、まったく同じだと思っている。
親がすべてを管理し、指示し、評価する家庭では、子どもは受け身になる。同じように、経営者がすべてを決め、指示し、管理する組織では、従業員は思考を止める。
自分で考え、自分で選び、自分で動く。その環境を整えることが、子育てであり、組織づくりなのだと思う。
結果として、三人の子どもたちは、親の想定とはまったく異なる、それぞれの道を歩いている。
現在、長女(第一子)は東京都内の一般企業で働く会社員だ。自分の意志と自分の財力で韓国に語学留学し、ワーキングホリデー制度を使って韓国企業で一年間勤務した。今は日本語と韓国語のバイリンガル。両親ともに韓国に縁もゆかりもないのだが、自然と韓国に興味を持った様子。
正直なところ、「本当にそれで大丈夫か」と思うくらい、好きなことしかやらない自由奔放な性格に育った長女。
現時点で社会に大きな価値提供をしているようには見えないが、日本の美しい自然や、美しい所作に強く惹かれているらしく、親である私に対しても「美しくない」と思うことに対しては厳しく指摘してくる。理想の男性は、父親ではなく末弟だという。
長男(第二子)は、慶應義塾大学総合政策学部出身だが、一般的な人気企業への就職機会をすべて蹴り、現在は東京都内のラーメン屋で店主をしている。コンセプトづくりから組織づくり、集客までをすべてゼロから手がけ、その経験を生かして、将来はスペインで飲食事業を立ち上げたいと言っている。
日本語と英語とスペイン語のトリリンガルだと本人は言っているが、それが本当かどうかは確かめたことがない。というより、こちらに確かめるだけの語学力もないので、真偽は不明である。
父親である私の仕事観が、彼の人生にどのような影響を与えたのかは分からない。だが、整備されていない道なき道を、自ら選んで進む姿を見ていると、そのあたりは、もしかしたら私と似ているのかもしれない。それが正しい選択なのかどうかを、親である私が判断するつもりはない。
そんな姉と兄を見ながら育った次男(第三子)は、現在、東京大学大学院薬学系研究科の博士課程に在籍している。高校受験に失敗し、滑り止めの学校に進学してから、なぜか狂ったように勉強を始めた。私も妻も、次男が勉強するように導いたことはないし、大学進学を望んだこともない。
自分の意志で勝手に勉強し、勝手に東京大学を目指し、勝手に薬学系研究に没頭している。今では、大学のラボに土日祝日関係なく通い詰め、自らの意思で長時間労働(研究なのか勉強なのかは分からないが)を続けている。
その姿を見ていると、これは一体、誰の影響なのだろうかと考えさせられる。国のお金、つまり皆さんが納めてくださっている税金によって、自分のやりたい研究を続けている以上、そのことを自覚し、国家や社会の役に立つ人材になってもらいたいと願っている。もっとも、その願いが叶うかどうかは、今のところ分からない。
私はマイホームパパでもなければ、イクメンでもない。もちろん、教育パパでもない。そんな私が、どのように子育てと教育に向き合ってきたのかについて、近年、クライアント企業の経営者から問い合わせを受けることが増えてきた。
学歴のない両親が、英才教育を施すこともなく、結果として世間的には一流と呼ばれる大学に子どもが進学している。私がお付き合いをしている多くの経営者の方にとっては「それが不思議で仕方がない」という。
だが、私の感覚は少し違う。
「合格させた」のではない。彼らが、自分の力で「合格した」のだ。
実は、私が子どもたちに対してやってきたことは、自社内で従業員満足度・エンゲージメントを高めるために行ってきたことと、本質的には同じである。
管理しすぎない。
評価で縛らない。
短期的な成果を求めない。
信じて待つ。
「親に学歴がなくても、子どもを一流大学に入れるための教育法を教えてほしい」
「それをセミナーや商品にしてほしい」
そうした要望をいただくこともある。だが、現時点で、そうした商品やサービスを開発する予定はない。
なぜなら、子育ても、組織づくりも、方法論を真似してもうまくいかないからだ。抽象度を上げて思考すれば、やるべきことの本質は驚くほどシンプルだが、それを実行するには、親自身、経営者自身が、日々試され続ける。
子どもを育てることは、人を育てることを学ぶ、最も厳しく、そして最も豊かな実践なのだと、私は思っている。
当社の「従業員」の定義
当社では「従業員」を“理念やクレドに従う全スタッフ”と定義しています。
つまり一般的な社員だけでなく、アルバイトさん、パートさん、
そして経営トップや役員も従業員の一人であり、そこに優劣はありません。
一般的には、経営者に「従う」という意味で従業員という言葉が使われていますが、
当社では理念やクレドに「従う」という意味で、
経営トップも含めて関係者全員を従業員と定義しているのです。
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